FC2ブログ

鍛冶屋さん遠回り日記499

とりあえず、ドイツスタルは『糸引鋼』って名前である事はわかった。
12番は?
岡安社長いわく「幅が12ミリだからだよ」
だけど、前回紹介した播州鋸の記述に「角鋼は十二番糸引鋼の五・六分角を用い」とある。
五分は約15ミリ、六分は約18ミリだから十二番が12ミリというのもちょと違うような・・・
幅ではなく、長さかとも考えたが、古いドイツの単位で釈然と割り切れるものが見つからない。
ならば、炭素量か?十二番は1.2%の炭素を含有?
岡安に持ち込んだ角棒は社長の見立てでは炭素量は0.9%ぐらいらしいから九番糸引鋼ってことかも。
とりあえず、そういうことにしとこ。

次は何故『糸引鋼』って名称なのか。
かの河合商店の東郷ハガネのように資料があれば良いのだけれど、播州で『糸引鋼』が使われ始めたのは河合商店が東郷ハガネを期に鋼材専門商社になるはるか前の事なのでさっぱりわからない。
ドイツ製なので『千種鋼』や『出羽鋼』のようにたたら製鉄の産地からとった訳でもないだろう。
糸引納豆みたいに粘りのあるハガネってシャレでつけた?
シャレというなら以前、「ヤクルトジョア」のシャレで「ヤクートモラ」を作ったがそういう命名のしかたがまるっきり無いとはいいきれない。でしょ?
YM2680.jpg

例えば、明治のころ英語もろくすっぽわからない人たちがドイツ語に触れたとしたら、最初に覚える言葉は対面の挨拶と否定肯定。
欲が出てくりゃオッチャンなんぞ「Ich liebe dich」をしょっぱなに覚えるぞ。
そうだよ「リーベ」だよ。
「愛しき」だよ。

なので『糸引鋼』を錬鉄の地金にくっつけてこんなのを作った。
ひらがき2680

ひらがき3680

ひらがきゴマ680

平引き、平書きだよ。
昔からの大工さんの鉛筆代わりなんだけど、この刃物を見た最近の大工さんはたぶん「お、白柿じゃねえか」って言うと思う。
ただし、昔の江戸っ子の大工さんなら「お、しらがき(平書き)じゃねえか」って言ったと思うね。
「おめえ、こいつは(しらがき)ってんだよ白柿なんて、なんで白なんだよたいらだよた・い・ら、たいらに書くで(しらがき)じゃねえか」
「つまり、江戸っ子は(ひ)を発音できないから(ひらがき)が(しらがき)に聞こえてそっちの方が全国区になっちまったんだよ」って月島の左久作師匠がおっしゃとりました。

この(ひ)と(し)が入れ替わるなまりは日本各地に存在してるから「リーベ:愛しき(いとしき)」が(いとひき)と発音された可能性が無い訳じゃないだろう。
糸引納豆みたいなハガネと愛しきハガネとどっちにロマンを感じるかだよ!

これをそのまま「平書き」持参で岡安社長に話したら「それは無いな、そんなネタ話すためにわざわざこれ作ったの?馬鹿じゃねえの。でも良く出来てるし、良く切れるしそれが一番じゃない」

そうかもね・・・

『糸引鋼』・・・ま・ぼ・ろ・し〜!

おしまい。
スポンサーサイト



鍛冶屋さん遠回り日記498

しばらくのち、岡安社長からオッチャンの携帯に電話があった。
とりあえず、グラインダーで火花試験をした結果おそらく「SK-5」ぐらいの炭素量、ヤスキハガネで言えば「黄紙3号」あたりじゃないかということだった。
他に情報は?と尋ねたが、「今はそれだけ」ということだった。
そうか、さすがの岡安社長でもわからんかあ・・・と作業に戻る。
作業の合間に携帯をみると岡安社長からの着信履歴が。
急いで折り返す。
「あの、すみませんあれからお電話いただきましたか?」
「うん、電話したした。あの鋼材ね、なんとウチのお袋が覚えてた『糸引鋼』だって」
「『糸引鋼』ですか?その素性とか会社名とかは・・・」
「わかんね。今日はそんなとこ」

『糸引鋼』かあ・・・
”かくまつとむ”の文章で見たことあるような無いような・・・

兎に角鋼材の名前が分かったからには調べようもありまっしょう。

そんで見つかった唯一の記述が山本鉋製作所3代目が纏められた文章「槌のひびき」。
そのなかの「播州鋸の由来」に『糸引鋼』のくだりがある。
抜粋して引用させていただきます。

「然るに明治十三年頃になりて我国へ始めて洋鉄洋鋼が輸入せられ三木地方へも入って来ましたので
鋸の製造業者と云わず他の刃物製造業者は之を一見しますと誠に都合よく出来ております。

 品質も良く玉鋼の如く不純分子を除き炭素量を増減する必要もなく又形に於いても平角丸に区別されて居て直ちに用途に
適し且つ値段も安値であるので之を用い始めたのであります。此の間板鋼と角鋼とを原料にして鋸を造る区別が生じまして
自然に派となり、又板鋼派は別に並鋸製造一派を生じて結局三派となりましたのであります。即ち鋼板を用いる派は板鋸・
並鋸の製造に転じ角鋼を用いる派はスタル鋸の製造に移ったのであります。
(スタルとは鋼の名称にして十二番糸引鋼をいう)

中略

次にスタル鋸製造の方法を累述致しますと原料4 角鋼は十二番糸引鋼の五・六分角を用いますが之は独逸の製品に限られて
居ります。昔は樽積めにされて一樽の目方十三・四貫入りでありましたが今日では函詰めにされて居ります。
 然るに欧州戦争後独逸より輸入が止まったのでやむを得ず米国のカーネギー鋼などを用いたる事もありましたが到底独逸の
製品には及びません。戦後には再び独逸品を用いて居りますが戦前よりは品質が劣って居ります。その故は戦争当時右の製鋼会社が
一時敵国に占領されて設備を破壊せれらたからだと云うことです。
 
此の十二番鋼を上等の松炭を以って炉中で高熱度に灼熱し向鎚三人で鍛錬を繰り返して平板とします。次に平板としたるものを
四枚一と重ねとしまた鍛錬致しますが之は火中から取り出したる鋼板を冷却せしめ又為でありまして次の鍛錬には内側の二枚を外側に
出して入れ替えて鍛錬し大体鋸の形に造ります。
次には一枚一枚に就いて地金を締める鎚打ちをしますが以上は鋸の荒打ち作業であり、それより鐵の柄付きをなし周圍を切り落とし
歯を目落し油の焼入れを施し次に焼戻しをして切味に細心の注意を
拂い剪にて鋤き各自の登録商標を刻み込み目立職に託して目立の作業に掛かるのであります。」

だって。
スタルってえのはスタル鋸とセットの呼び方だったんだね。

しかし、まだ謎は残る。
『糸引鋼』の名称はどこから?
十二番って・・・十一番も十三番もあるって事?
メーカーは?
化学成分は?

わからん???

続く・・・

鍛冶屋さん遠回り日記497

東京の外れに引っ越してから出不精というか、都心に出かけることがトンと少なくなった。
とにかく遠い。
田舎道に慣れたせいか自動車だと少しの渋滞でも嫌になる。
電車は元から嫌い。
わがままだとは思うが今の電車の型にはめられた座席が気にいらない。
太った人間もいれば痩せた人間もいる。
男と女じゃ肩幅も違う。なのに、同じ尻の形に合わせて座らされるのがとても嫌なのだ。
昔のベンチシートじゃダメなのか?
だから、立って行く。
東京の端から都心まで立って行く。
年寄りの冷や水。往復は辛い。

だから出不精。
とも言ってられない
もう、オッチャンひとりの調査では「ドイツスタル」の謎は解き明かせない。
こういう時、最も頼りになるのは「岡安鋼材」社長:岡安和男氏。
なので、御徒町まで出向いて角棒を見せる。

その第一声「見たことない」

えっ、わからない?

「俺が見たことないから1914年頃までのハガネで間違いないよ」

そ、そうなの? やっぱ第一次大戦前!
で、それだけ?

「ちょっと時間ちょうだい。俺もわかんないの嫌だからさあ調べさせてよ。」

願ったりでございます。
岡安社長を巻き込んだぞ!

さあどうなる?

続く・・・

鍛冶屋さん遠回り日記496

さて、謎の角棒
本当に謎。
工房の隅で山になってる。
これが全部白紙だったら「さぞうれし」なんだけど・・・

「GERMAN」って書いてあるくらいだからドイツのもんだと思うんだ。
「GERMAN」って会社のアメリカ製、中国製なんてことはまず無いでしょう。

ドイツ、ドイツで思い出したんだけどね、以前日本伝統工芸館が池袋の東武百貨店に入っていた頃そこのライブラリーで鍛冶関係の文献を読み漁ってたのさ。
そんでもってその中にさ『明治の頃洋鋼が入ってきてこれを「スタル」と申します』ってオッチャンが一番嫌いな肝心部分をスルーした記述があったの。
『布を縫う機械「ミシン」と申します』
『重い鉄製で布の皺を伸ばす器具「アイロン」と申します』
と同じでなんか腹たったから覚えているんだけど、編集者が巻末の注釈に「スタルは鉄鋼(スチール)のドイツ語読み(シュタール)に由来する」って書いといてくれたから
ちょっと腹の虫はおさまって、明治期にドイツから輸入された鋼材があったことがわかった。
明治の頃なんて、南蛮もメリケンもおろしあも一っからげの外国だからね「スタル」「スチール」もあったもんじゃなかったろうね。

はたしてオッチャンがゲットした「GERMAN」で「スタル」?はいつ頃作られたのか
明治なのか、大正なのか昭和なのかはたまた平成か?

消去法で考えてみよう。
まず、平成やそれに近い昭和なら画像検索でロゴやプルーフマークは必ず引っかかるはずだが見つからないし、扱いにくい鋼材は現代ではお呼びでないので昭和40年代(1965〜)までは除外できる。
大正3年に勃発した第一次世界大戦でドイツとは敵対する関係となったので大戦中の輸入はなかっただろう。
第一次大戦は日本に経済と産業の発展をもたらせた。大戦中は鋼材は重要な輸出品目で最早「ドイツスタル」を輸入する必要は無くなっていた。
大戦後の大恐慌は日本の産業自体を衰退させ貿易は長い間停滞したが輸入が皆無だったわけではないかな?
1940年の日独伊同盟から45年の敗戦まで輸入はあったであろう。

ということで推察できる鋼材の製造時期は
明治期のおそらく後半から1914年まで
1940年から1945年まで
1948年から1950年ころまで
ただし、1948年以降角棒の需要があったかは不明。

わかったような、わからないような

続く・・・

鍛冶屋さん遠回り日記495

世の中わからないことが多いよね。
そんで大抵はわからないまま右から左に受け流していく。
でも、わからないことを解明しようって人間はいつの世の中にもいるもんだよ。
で、わかったことは書き残しておくってのが太古の昔からの人の知恵って思うんだけども、どういうわけかこの国にはそういう習慣が根付かない。
秘伝だ、口伝だとめんどくさいだけなのに書いて残さない。都合が悪けりゃ黒塗り、挙げ句の果てにゃあ燃しちまう。
なによりいけないのは怠慢を正当化して
「そんなことはどうだっていいだろう」
「お互いニュアンスが通じればいいんだよ」って類が巾を利かしてまかり通ってるって事。
今、巷ではいまさらの海洋投棄プラスチックが問題になっててプラスチック製のストローが云々かんぬんとラジオで有名なコメンテーターのおばちゃんが真顔で(ラジオだけど)「私、ストローなんて麦わらで作れば面白いと思うの」だって。
この人博識で有名なんだけど「ストロー」の英語の意味を知らんのかね?
いや多分学校の回答用紙には「麦わら」って書いたと思うんだ。
でも「麦わら」で液体を飲んだ事ないから「ストロー」の語源がわからないんだよね。
オッチャンの子供の頃は「ストロー」って言ったら「麦わら」が普通だったさ。
ところで何が言いたいのさって言えばなんだ、とにかくオッチャンはわからないことを放置するのと間尺に合わないことが大っ嫌いなのさ。
鍛冶に関しては大抵のことはわかるようになってきた。
後は技術の問題だけ。
だから、ブログに記録することもウンと少なくなった。

で、出た!更新不精の新手の言い訳。

これまで鍛冶のありもしない秘伝とか口伝や新たに見つけたケミストリーとかを結構解き明かして公開してきたつもりなんだけど(気付いてない人も多いけど・・・ね)
ここのところそういった新しい発見なんぞが裏の川にワサビが自生してたぐらいしかなくてさ。

それでも、以前から気になっていることがあってさ
それがこれ
GERMAN.jpg

隣の倉庫から大量に出てきた只の鉄筋と思って、最初廃棄処分の予定の角棒だったんだけど「GERMAN」の刻印がどうにも気になって目方の代金で譲ってもらったの。
火花試験でもしっかり炭素は含んだ火花が飛ぶし、焼きもしっかり入るんだ。
ただ、火加減に気をつけないとあっという間に亀裂が入る扱いの難しいハガネなんだよ。
こいつでなんとか品物を作りたいと思っていても扱いの難しさとハガネの質が果たして正比例するのか考えると二の足を踏むばかり。
出所がわかんないとね・・・熱処理だっていい加減になるでしょ。
さっきも書いたけど、わかんないから余計ほっぽっておけないオッチャン。

はい、久々の寄り道、遠回りロード踏み出しました。

続く・・・